二股と複数恋愛

女性誌は、両数恋愛と複数恋愛を同じように扱うきらいもまだある。

だが、二股、つまり二人の男性のあいたで心が揺れる、なんていうのは『冬のソナタ』でも見られるように、純愛物語においてもよくあるパターンだ。かつては女性誌の恋愛相談ページの定番ネタたった。

二股をかけるというと言葉は悪いが、二人の男性のどちらにもそれなりに魅せられて、一方に決めかねる女心というのは、あまり不真面目な感じがしない。もちろん両者を天秤にかけ、最終的には一方を選択する場合が多いのだけど。

恋愛の先に「結婚」があり、その「結婚」が「永久就職」と思われた時代なら、なおさら女性は男性を選ぶのに慎重になっただろうし、見比べもしただろう。「ダイヤモンドに目が眩み」、宮が許婚の貫一を捨てて、銀行家の息子・富山と結婚したのも、(女性にとって結婚が就職であるなら)きわめて常識的な選択をしたまでだ。

男性だって、就職活動中、いくつも内定をもらって意気揚揚としていたりするじゃないか。で、結局は「優良企業」を選んでも不思議ではないし、不誠実な感じもしない。複数の内定は浮気心の表れではなく、能力が高く評価されたことの証なのだ。

ということは、二股どころか三股以上の複数恋愛だって、女性の行動力や処理能力が少々ダイナミックになって可能になったわけで、とくに非難されるには当たるまい。

ただ「内定期間」が長かったり、「就職」しながらも、より良い条件を求めてへッドハンティングされるべく、自分に磨きをかけ続け、チャンスを狙ってあちこちの「研修」に参加しているのかもしれない。

つまり、女性にとって、一人の男性では満足できない「複数恋愛」は、「浮気心」よりむしろ「向上心」のなせる技とは言えまいか?(浮気する女性は概して知的レベルが高いと、私の知るプレイボーイたちは考えているようだ。いや、もちろん、遊び慣れた彼らが。知的レベルの高い女性としか付き合わないで、そうでない相手とは成り行きでその場限り、ということなのかもしれないけれども。)

リスクヘッジのためであれ、向上心のためであれ、こうなると「複数恋愛」には、知的で肯定的な印象すら持ってしまう。で、唯一の否定的意見は、「相手に悪い」ということなのだろうけれど、それって、余計なお世話だ。

男だってバカじゃないんだから、そういう(悪女)タイプの女性とのデートを楽しんでいるだけかもしれないし、自分の仕事が忙しくて二、三ヵ月に一度ぐらいしか会えず、メールや電話もたまにしかできなくても文句も言わず、(たとえ他の男たちの影が感じられても)機嫌よくしている女性なら、面倒臭くなくていいという男性もいるはずだ。またこの男性だって、複数の女性と付き合っているかもしれないではないか。

いずれにせよ、「モテ女」を独占できると思うのは、容姿、財布、センス、体力など、すべてに恵まれた男か、自惚れの強いメデタイ、というか困った男なのだ。