シンデレラになりたいから浮気する

ある人は女性を心理的にこう説明している。

「昔は、女性はひとりの男性しか愛せないとか、赤い糸伝説みたいなものがあったけれど、それは体制側が社会を治めるのに都合がいいように作った話で、特に明治という時代が女性に思い込ませたものなんです。女性って本来そういうものじゃないし、これは作られた特性だということを知って欲しいですね。そのカセを外して、いまの女性は自由になったわけです」

また本来、女性は、「いろんなタイプの男性と自分をセッ卜にしてみたいという気持ちがあるし、自分というものをさまざまに演じ分けてみたい」と思っているのだとか。

この類の議論にはいつも根拠が示されないので、異種タイプの男性だちとのセッ卜願望については理解し難いのだが、女性のいわば「変身願望」によるものと考えるなら、わかる気がする。

女性は「変身」が好きだ。男性ならせいぜい「ウルトラマン」を連想する程度かもしれないが、女性にとっては毎日の化粧だって、ちょっとした「変身」なのだ。

それに男性にくらべてはるかに選択肢の多いファッション。なにより少女のときから愛読してきた『シンデレラ』こそ、変身願望の権化なのだ。

そりゃ中には自己の「シンデレラ・コンプレックス」を否定する強がり女性もいるだろうが、シンデレラ的物語は現代でも多くの人気を集めている。たとえば『マイーフェア・レディ』や『プリティーウーマン』も大ヒ″卜した。このような映画で女性たちが観たいのは「変身」である。もちろんその場合、より美しく、よりカッコ良く、より幸せな変身でなければならない。

つまり、ある男性と自分をセッ卜にしたいというより、その彼の世界に自分を置いてみたいのではないだろうか。そしてその新しい環境で、自分がどのように輝くか。もしそれが成功すれば、そんな自分が好き、そしてそんな自分を演出してくれた彼が好き、でもやっぱり「自分が一番好き」なのだろう。

けれども、女性とはそんなものだと他の人から言ってもらえれば、これまた心強いのだ。